まず、昨日の記事の最後に載せた出題文をふりがなと語彙抜きで再掲する。
歴史を学ぶことは、歴史上のできごとや年号とか人物のことを暗記することと錯覚している人々が多い。しかしそれは全くの誤りである。過去の史実を正確に認識して現在をよりよく理解し、そして未来を自分なりに展望するために歴史を学ぶのである。
第一文は、完全な誤訳というのは少なかったが、それでも「歴史を学ぶことは」の扱いで躓いている答案は少なくなかった。どこで躓くのか。
一年のときに「は」は提題であって主語ではないと教わる。それはそれでよいのだが、その提題がつねに文全体を支配すると思い込んでいる学生が多い。しかし、この文の場合、「は」の支配は「暗記すること」までである。言い換えれば、提題は、錯覚の内容に含まれている。そして、「歴史を学ぶことは~暗記することと錯覚している」は「人々」を修飾している。いわゆる「連体修飾」である。つまり、この文は、[[歴史を学ぶことは~暗記すること]と錯覚している]人々が多い、という入れ子構造になっている。この構造を正確に把握するのが学生たちには必ずしも容易ではないのである。
さすがに第二文はまるで間違っている訳はほとんどなかったが、「全く」が訳せていない答案は多かった。私自身は普通「まったく」とひらがなで書くが、ここを敢えて原文のままにしたのは、ひらがなにしてしまうと、「まったく」という副詞を知らない学生にはお手上げだから、「全」という一年生で学習している漢字を残し、たとえ副詞「まったく」を知らなくても、漢字「全」の意味から推量する余地を残すためである。それでも正しく訳せなかった学生たちには、「君たち一年生のときいったい何を勉強したの」と聞いてみたい。
もっとも出来が悪かったのは第三文である。確かに一番長く、連用節同士の関係を正確に把握するのがそれだけ難しい。それに、この文には、文法的な規則のみによってそれらの関係を一義的に決定できないという難しさがある。つまり、「過去の史実を正確に認識して」「現在をよりよく理解し」「そして未来を自分なりに展望するために」という三つの連用節相互の関係をどう理解するかという問題である。
一番単純な解釈は、三者を並列とする解釈である。つまり、「過去の史実を正確に認識する」「現在をよりよく理解する」「未来を自分なりに展望する」という三者それぞれを「歴史を学ぶ」目的の構成要素とする解釈である。実際、そう解釈した訳がいくつかあった。
しかし、原文は、「過去の史実を正確に認識して現在をよりよく理解し」となっていることから、これらをひとまとまりの連用節としてとらえ、その内部で第一連用節が第二連用節を修飾していると解釈することもできる。そして、おそらく、これが著者の意図に沿った解釈である。つまり、過去の史実を正確に認識するのは、それ自体が歴史を学ぶ目的ではなく、過去の史実の正確な認識は現在をよりよく理解するためであり、それが歴史を学ぶ目的だという考え方である。
第三の連用節「未来を自分なりに展望するために」との関係をどう理解するかという問題がそこに加わる。「未来を自分なりに展望する」ことは、「過去の史実を正確に認識」することによって「現在をよりよく理解すること」を前提としていると解釈するのが妥当であろう。
これらの諸関係を正確に把握することができてはじめて、それらを訳に反映させることできる。これら一連の構文解釈が日本語学習者にはそんなに簡単なことではないのである。
もう一つの難しさは、読点の機能の理解である。この問題は、日本語には読点に関してちゃんと確立した規則がなく、書き手によって用法が違うだけにやっかいである。問題文に即して言うと、「過去の史実を正確に認識して現在をよりよく理解し、そして未来を自分なりに展望するために歴史を学ぶのである」という文を、読点の前後で二つに分けてしまっていた訳がいくつかあった。つまり、「歴史を学ぶ」目的は「未来を自分なりに展望する」ことのみにあり、読点の前の部分は、その前提としてしまっていたのである。文法的には、このように二つに分けることを間違いだとは言えない。しかし、内容的には支持し難い解釈である。これは構文把握の問題ではなく、内容の知的理解の問題である。
日本人にとってはなんら躓くところのないような「平易な」文章のなかにも、外国人学習者にとっては「躓きの石」となる問題がこれだけ詰まっているのである。
以下が模範解答。
Nombreux sont ceux qui pensent par méprise qu’étudier l’histoire signifie apprendre par cœur des événements, des noms d’ère et des personnages historiques. Or, c’est complètement faux. Nous étudions l’histoire afin de reconnaître avec précision les faits historiques passés pour mieux comprendre le présent, puis d’envisager l’avenir à notre manière.