
昨日午後、明治初期から太平洋戦争末期までの小学校における道徳教育をテーマとした修士論文の口頭審査があり、審査員の一人として審査に「参戦」しました。
当該の学生は、彼が学部2年生だった2019‐20年度から知っていて、修士進学時から数えて今回の論文提出まで5年かかったことになります。とても人懐っこい学生で、授業では、ときにはとてもいい質問もしてくれることもありましたが、如何せん、修士論文にふさわしい議論を構成するだけの論理的思考力には明らかに欠けるところがあると言わざるを得ません。今回の論文の評価を率直に一言でまとめれば、「とにかくよく論文書き終えられましたね。長い間、あきらめずによく頑張りました。おめでとう! パチパチパチ」、となります。
テーマはとてもいいのに、中身に関しては、明治期の修身の教科書の本文を適切に仏訳した努力は評価できるものの、立論としては、論文を読んでいる間中(確かに、酷暑の影響でこちらの脳内が沸騰しており、正常な判断は困難な状態あったことは認めますが)、「あんた、アホなの?」とか、「冗談も休み休みにしてくれます?」とか、仕舞には、「ナメとんのか、われ!」とか、声に出して言わざるを得ないほど、ほんとうにめちゃくちゃで、読み続けるのが、石打ちの刑(って、受けたことありませんが)より、苦痛でありました。
その当然の帰結として、というか、しっかし「落とし前」をつけてもらうため、審査の席での私の講評は凄惨を極めました。最初、慣習に従って、にこやかに形式的で心にもない「褒め言葉」を並べた後、にわかに表情を強張らせての講評と質問は、これがもし殺人事件であれば(物騒な喩えで申し訳ありません)、「強い恨みをもった顔見知りよる残虐な犯行」と警察が断定するであろうほど、執拗かつ非人間的ものでありました。
当の学生はといえば、私の講評と質問、というか、「言葉の暴力」(アカハラ認定間違いなし)によって打ちのめされ、仕舞には、息も絶え絶えの体でした。それを見届け「満足」した私は、「今日はこのへんで許しといたろか。せいぜい気張りや、にいちゃん」とはもちろん言いませんが、実質的にはそのようなことを意味するセリフを投げつけ、「次のセンセ、待っとるさかい、ほないくわ」と、もう一人の審査員である同僚にバトンタッチしました。
ところがです。その同僚の講評は、私のそれより厳しいものでありました……。
それはともかく、審査は「無事」終了し、学生はめでたく修士号を取得したのでありました。ブラボー!!!















