内的自己対話―川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。

2024-11-01から1ヶ月間の記事一覧

谷川俊太郎「生まれたよ ぼく」

今日早朝から昼過ぎまで、明後日の学部三年の授業「日本思想史」の準備とその授業で毎回実施している書き取りテストの採点に没頭していました。 この書き取りテストは、その前に先週フランス語で説明した日本語のテキストを易しい日本語に置き換えて説明した…

「世界の微笑がひそんでいる」― 谷川俊太郎「ありがとうの深度」より

『自選 谷川俊太郎詩集』(岩波書店、2023年)電子書籍オリジナル版には、岩波文庫版(2013年)の同名詩集には収録されていない2013年以降の作品が以下の11冊の詩集から26篇追加収録されている。『ミライノコドモ』(岩波書店、2013年)、『こころ』(朝日新…

人の最期を看取る場所、終末期病棟 ―『お別れホスピタル ⑬』本日発売

今年度の日仏合同ゼミのテーマとして「ケアの倫理」を取り上げようかなと考えはじめたのは今年の二月のことでした。そう思うようになったきっかけの一つはNHKドラマ『お別れホスピタル』でした。 このドラマの第一回目を何の予備知識もなしに観て、いたく感…

谷川俊太郎「ありがとう」

弊日本学科の現代文学史の授業で詩が取り上げられることはほとんどない。その大きな理由の一つとして時間が足りないということは確かにあるが、そもそも小説や批評に比べて詩が軽視される傾向にあることも否めない。これは古典文学史との大きな違いである。 …

言語生成システムの上手な「外注」の仕方と「内製」ならではの「匠の技」

修士ニ年の学生たちに日本語で4000字の小論文を書かせる演習では、毎回学生たちが事前に準備してくれたテキストを教室でスクリーンに映して皆で検討している。 私は生成AIの使用は各自の裁量にまかせている。初回、「相談相手」として使ってもいいが「奴隷」…

人を「好き」になるまでの遠い道のり

ある言語の習得初歩段階で必修語彙として提示される言葉の意味は学習者にとってその語意のデフォルトとなってしまう。ところが、その意味がその語にとってもっと基底的な意味であるとはかぎらない。 この問題は、「なつかし」を例として、このブログでもこれ…

「我嘆息ト共ニ博論読了セリ」―『老残日録』(作者未詳)ヨリ

本日昼過ギ、和辻哲郎ニツイテノ博論ヲ失望ノ嘆息トトモニ読了ス。前半ハ良キ出来ト思ヒシガ、後半水準以下ナリ。期待トトモニ読ミ始メシ故、失望甚大ナリ。何ガ何デモ三年デ仕上ゲタカッタノカ、拙速浅薄杜撰、辻褄ノ合ワヌ長広舌(議論トモ呼ベヌ)ノ繰返…

谷川俊太郎「泣いているきみ」

昨日の早朝は気温が氷点下まで下がりました。日中には雪もちらつきました。市内ではこれがこの冬の初雪ではないかと思います。午後、その小雪が一時間ほどで止むと、途端に青空が広がりました。 この機を逃すべからずと、朝からずっと読んでいた博論を机上に…

谷川俊太郎「おばあちゃんとひろこ」

12月7日まで「サイテー・モード」だと言いましたが、その主な理由は、12月6日に審査員として参加するパリのINALCOでの博士論文の口頭審査のために審査対象の博士論文を読むことに集中しなければならないということです。 その博士論文は、和辻哲郎の倫理学と…

私は只世界(コスモス)の中に生きるすばらしさに気づいたのだ」― 谷川俊太郎を讃えて

一昨日、谷川俊太郎の逝去をネットのニュースで知った。今月13日に老衰のため都内の病院で亡くなられたとのこと。享年92歳。1931年12月15日生まれだから93歳の誕生日まであと一ヶ月ほどだった。 特に熱心な読者ではなかったけれど、必ずしも彼の手になるもの…

「恋愛」の語釈問題に敏感に反応する学生たち

一昨日の学部三年生の「日本思想史」の授業で、「聴解練習補遺」と称して、『舟を編む ~私、辞書つくります』の第二話のなかの、先日修士の授業で話題にしたのと同じ箇所(11月6日の記事参照)を視聴させました。視聴前にその回までのドラマの粗筋をざっと…

「キラキラバッハ」― アレクサンドル・タロー演奏『バッハ・トランスクリプション集』

今日から12月7日まで、「サイテー・モード」です。 これは、「オンリー・サイテーション・モード」をさらに下回る究極の手抜きモードで、毎日せいぜい数行です。たとえそれより長くなったとしても、「流している」ことに変わりありません。 もう随分昔の話で…

fragile と vulnérableの用例採集( 3)― vulnérabilité は「他者を思いやり、他者のために苦しむことを可能にする力」

コリーヌ・ペリュションがここ15年ほどにわたって展開・深化させてきた「傷つきやすさの倫理」(éthique de la vulnérabilité、以下「V の倫理」と略す)をその明示的な出発点から辿り直すためには、2009年に PUF から刊行された L’autonomie brisée. Bioéth…

バッハ「6つのオルガン・トリオ・ソナタ」― 早朝に降り注ぐ澄明な音楽の恵み

一年を通じて音楽を聴かない日はほとんどないのですが、聴いた曲についてブログの記事を一本仕立てるには、ただ「よかった」ではさすがに体をなさないからと、曲の構成や成立史についてちょっと調べてみようかなぁ、でもそんな時間ないし、かといって付け焼…

fragile と vulnérableの用例採集(2)― 心の徳性としての「壊れやすさ」と外から到来するものへの心の開けとしての「傷つきやすさ」

フランス語で文章を書くとき、同一段落内あるいは近接した箇所で同じ名詞・動詞・形容詞・副詞をできるだけ繰り返さなにようにするという文章作法の原則がある。この原則は小学生の頃から叩き込まれるから、学生たちもこれを守ろうとする。この原則に忠実で…

fragile と vulnérableの用例採集(1)

人間の壊れやすさ(fragilité)と傷つきやすさ(vulnérabilité)という当面の主題から少し離れて、fragile と vulnérable という二つの形容詞の用例を、この主題とどこかで繋がっている幾冊かの電子書籍のなかから採集しておきたい。 ただし、その著者に固有…

人間の壊れやすさ(fragilité)と傷つきやすさ(vulnérabilité)― その現象学的人間学的考察(4)人間はワイングラスよりも壊れやすい。ゆえに、今を措いて時はなし

ジャン=ルイ・クレティアンを読んでいて楽しいのは、西洋思想史全体を覆うその無双の博覧強記が可能している縦横無尽な引用である。クレティアン自身の主張には納得できない箇所でさえ、そのなかの引用にはクレティアンの意図を超えた内容が含まれていて、…

人間の壊れやすさ(fragilité)と傷つきやすさ(vulnérabilité)― その現象学的人間学的考察(3)Fragilité はホラー映画の襲撃者のように私たちにつきまとう?

今日は軽く流す。 Jean-Louis Chrétien et la philosophie には « Sens et forme de la fragilité. Entretien avec Jean-Louis Chrétien » と題された談話(2018年に Esprit 誌に掲載)が収録されている。そのなかでクレティアンは、Michaël Fœssel と Camil…

人間の壊れやすさ(fragilité)と傷つきやすさ(vulnérabilité)― その現象学的人間学的考察(2)F の哲学と V の倫理を相補的に読む試み

諸般の事情で毎日連載というわけにはいかないが、これから「壊れやすさ fragilité」と「傷つきやすさ vulnérabilité」についてかなり長期にわたって断続的に考えていくにあたって、いくつか約束事を決め、若干の予備的考察を示しておきたい。まず、同じ言葉…

人間の壊れやすさ(fragilité)と傷つきやすさ(vulnérabilité)― その現象学的人間学的考察(1)

日本語であれフランス語であれ、一般に意味領域が近接あるいは重なり合う類義語、または相互に交換可能な同義語として使われる語の間の区別と関係に注意深くあることは、それまではよく見えていなかった生活世界の分節構造を明確化することを可能にしてくれ…

すべての言葉は「応え」である ― ジャン=ルイ・クレティアンの哲学

ジャン=ルイ・クレティアンは自らの哲学的企図全体の導きの糸は une phénoménologie de la parole であるという。これを「言葉の現象学」と訳してしまうとクレティアンの意図が誤解されてしまうかも知れない。クレティアンが探究してきたのは、言語を対象と…

灰色の冬の日の夕暮れに聞こえた幻聴 ― モーリス・ド・ゲランと和泉式部との間の微かな共鳴

フランス19世紀前半の日記に関する記事は今日で一旦終わりにする。このテーマはしかし私にとってはライフワークのようなものであるから、またいずれ立ち戻ることになるだろう。 Michèle Leleu, Les journaux intimes, PUF, 1952 は、18世紀末から20世紀前半…

消えゆく日々の痕跡を記すことに時を費やすのは、神から恵まれた時を無にすることではないのか ― ウージェニー・ド・ゲラン『日記』より

『集英社世界文学大事典』(デジタル版)にはモーリス・ド・ゲランが立項されている。 フランスの詩人。散文詩の創始者の一人。南フランスのアルビ近郊ル・ケイラの館に生まれる。6歳の時に母を失うが,その代償を5歳年上の姉ウージェニー・ド・ゲランに見…

弱き魂に寄り添う最愛の伴侶としての日記 ― モーリス・ド・ゲラン『緑の手帳』

Philippe Lejeune & Catherine Bogaert, Le journal intime. Histoire et anthologie によると、フランス革命期から1860年代まで、フランスで個人の日記が出版されることはなかった。そもそもそのような発想そのものがなかった。それは、この時期、自分のた…

「いま、あなたのなかに灯っているのは、あなたが言葉にしてくれないと消えてしまう光なんです」― 『舟を編む ~私、辞書をつくります~』第二話より

昨日から修士二年の Technique d’expression écrite et orale という新しい演習が始まった。昨年度までの五年間は Technique d’expression écrite という科目名だった演習に取って代わる演習である。取って代わるといっても、内容が大きく変わるわけではなく…

日記の美学 ― 草稿と生成の美学、あるいは完成を目的としない持続の美学

昨日までの三日間引用したマルク=アントワーヌ・ジュリアンの日記論に関する一節は私にとってはとても興味深かったが、Philippe Lejeune & Catherine Bogaert, Le journal intime. Histoire et anthologie には他にも編者によるさまざまに刺激的な考察が鏤め…

オンリー・サイテーション・モード‐19世紀フランス社会における日記の効用について(3)日記の功利主義的善用

昨日の記事で見たような日記を全部つけるとなると毎日相当の時間をそのために割かなくてはならないではないか。それでは毎日の自分の振る舞いを効率的に自己管理するというそもそもの日記の目的に反するのではないか。こうした疑問は当該の日記帳刊行当時か…

オンリー・サイテーション・モード‐19世紀フランス社会における日記の効用について(2)自分のことを第三人称で日記に記す効用

昨日の続きを引用する。 Marc-Antoine Jullien proposait donc de tenir en parallèle les trois livres suivants : un Mémorial analytique, ou Journal des faits et observations, où l’on pouvait développer longuement chaque jour un ou deux faits i…

オンリー・サイテーション・モード‐19世紀フランス社会における日記の効用について(1)

18世紀末からフランス社会の日常生活のなかで日記がどのような役割を果たすようになったのか。それを垣間見るために、先日言及した Marc-Antoine Jullien の日記論を Philippe Lejeune & Catherine Bogaert, Le journal intime. Histoire et anthologie, Tex…

職業的義務とは無関係な読書へと甘い声で誘う「悪魔の囁き」に抗して

万聖節の休暇も今日を含めてあと三日となり、休暇直前の試験週間に行った二つ試験の答案の採点やら、休暇後の授業の準備やら、もうお休み気分は吹き飛びかけているのですが、そういうときにかぎって、とまでは言いませんが、そういうときに私にはしばしば起…