内的自己対話―川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。

引きこもる日々の妄想日記 ―「寒いんすよ、マジで」「だったら、とっととくたばれば、爺さん」「そうやね、それが現代のオプティミズムかもしれんね」

夜明けの白鳥の孤影

 

 今日、早朝、予定していた仕事が予想以上に順調にこなせました。で、時間に少し余裕ができそうだから、午前中にちょっと外で運動しようかなと思ったのです。ところが、天気予報によると、めちゃ寒いんすよね。最低予想気温マイナス8度。日中の最高気温、零度。
 去年までだったら、そんな寒さ、なんてことないぜって、毎日10キロ以上フツーにジョギングしていました。でも、もう、駄目なんです。ここ一年、心臓疾患で走れなくなったところに、先月の肋骨二本骨折ですから。
 で、今日、「零下8度! ダメだ、こりゃ。引きこもるしかねぇ」って、一歩も外出しませんでした。これで元旦から五日連続の引きこもりです。
 ここ十数年、外で運動しない日は、年に数日しかなかったことを思うと、変われば変わるものだと、我が自堕落ぶりに、なんならちょっと感動さえしています。
 でも、自分を責める気にはならないんですよね。かといって、「なにがワルイ!」っていう開き直りとも違うのです。「どうにでもなれ!」っていう自暴自棄とも違います。
 このままさっさとお陀仏になるなら、それもわるくないよなって、身勝手かも知れませんが、本人は素直に本気でそう思っています。
 つらつら思うに、とっととくたばったほうが、自分のためであるばかりでなく、ひょっとしたら人様のためにもなるのではないかとさえ真剣に思っているのです。
 念のために申し上げますが、これは世にいうペシミズムではありません。シオランに影響されたのでもありません。むしろ、これは現代社会のためのオプティミズムだとさえ声を大にして言いたい。
 この世にもはや何の用もないのに、「人生百年時代」とかいうメデイアの無責任な言説に踊らされ、食事に気をつけたり、ジムに通ったりして、健康にやたらに気を使い、病院の検診も小まめに受け、そのためのお金は惜しまず、他方、いろいろと周りに迷惑かけながら九十過ぎまで自分のことしか考えずにグダグダ生きるよりも、それでなくても未来に希望が持ちにくい現代の若者たちに少しでも元気になってほしいと願いながら彼らに席を譲るためのネオ・オプティミズムです。