すでに自分の死が間近に迫っていることを明白に自覚していたその人は、連日訪れる多数の見舞客を、その都度、満面の笑顔で、「来てくれてありがとう。会えてよかったわ」と迎えながら、それらの人たちの手を両手で握り、しばらく思い出話に花を咲かせていた。そして、別れ際には、手を振りながら、「さようなら」と一人一人の方に最後の別れを笑顔で告げていた。
その死の三日前、ふと見舞客が途切れたとき、傍らの息子が「疲れていませんか」と聞くと、「うん、疲れるけど、これは心地良い疲れ、そのお陰で夜はよく眠れる」と、目を閉じ、ふーっと深く一つ息をつき、わずかに口元で微笑むと、「すべてよし」とその人は呟いた。