「相互依存」という言葉がいつから、どの分野で、どのような文脈で使われるようになったのか、よく知らないが、二十一世紀に入ってからの造語ではないだろう。まだ日本にいたときに聞いた覚えがあるし、自分で使ったこともあったような気がする。
手元の小型国語辞典で「相互依存」を立項している辞書はなかった。「依存」の項に用例として「相互依存度が高い」を挙げているのは『新明解国語辞典』(第八版)である。
日常会話のなかでは、「お互い相手を必要としていて、その相手がいなくては全体が成り立たないような関係」を意味していると思われる。ところが、国際政治においては、今日、もっと積極的な意味で使われていることが『世界大百科事典』(平凡社)の「相互依存 interdependence」の項を読むとわかる。
相互依存という言葉は近年,実際の政治の場においても学問上の分析概念としても多用されるようになった。すなわち,実際の政治においては,〈支配・従属関係 dominance-dependence relations〉と対比されるシンボルとして,平等で緊密な国家間関係を意味する政策目標として用いられることが多い。学問分野においては,伝統的な国際政治の枠をこえる,現代に特有の現象を表すための概念として用いられることが多い。すなわち近代国際社会では,それぞれの国が独自に自国の利益獲得を目ざすということが原則であったのに対し,今日では諸国民社会 national societies が,他の国民社会との共同行動ないし協調を通じて,自国民の利益獲得を図ろうという傾向が強まっている。このような諸国民社会間の共生的関係をさして,相互依存という。
「共依存 codepéndency, -dence」という言葉は、まったくそれとは異なっ文脈で最近よく耳にするようになった。つい先日もあるテレビドラマで使われていた。手元の小型国語辞典では『三省堂国語辞典』(第八版)だけが立項しており、「依存症患者の家族などが、本人を支えられるのは自分だけだと思いこみ、はなれられなくなること」という語釈を示している。研究社の『医学英和辞典』は以下のように説明している。
共依存《家族内にアルコール・麻薬依存症患者がいるとき家族に特徴的に認められる状態で, お互いに精神的に寄りかかり合って不健康な習慣を支え合っている状態; 生活・問題解決の機能不全; 感情の同定・表出の困難, 他者に対する過度の責任感などの病理を特徴とする》.
家族内の依存症患者のケアを引き受けている家族あるいはそのうちの誰かが、その患者の自分(たち)に対する依存関係に依存し、お互いにその関係から抜け出せない状態を指して「共依存」という用語が使われているのがわかる。
国際政治における「相互依存」は、近代国際社会の基本単位であった国家の枠組みを超えての国家間の協調を基調とした積極的な共生的関係を意味するのに対して(それが現実の世界で実現できているかどうかは別の話である)、精神医学における「共依存」は、閉鎖的な依存関係に当事者全員が依存していてそこから抜け出せないでいるという病的な閉塞状態を意味している。
一見、両者は対照的に見える。しかし、どちらの次元においても、これまで関係形成において支配的だった基礎単位としての〈個〉の根本的見直しが迫られているという共通性がある。どちらの場合も、問題となる事柄の既存の枠組みの解体と新しい枠組みの再構築とが求められている点においても共通している。この共通性は両者の「根」は同じだということを意味しているのではないだろうか。